SBSIカンボジア救急事業支援の3年間を振り返って(2012年4月)

2012年4月 

 SBSIが実施してきましたカンボジアのための救急支援事業も、現地保健 省(カンボジア政府の救急担当行政機関)や海外からの援助支援活動の認証を審査する財務省と国家開発機構との公式な承認を得て活動を開始してから、かれこ れ3年が経とうとしています。少しこれまでの経緯を振り返ってみたいと思っています。

当初は、カンボジア政府も救急隊の整備に関してさまざまな政策的なアイディアもあり、その考えに基づいてSBSIもできる 限り臨機応変に対応をしてきました。財政も厳しい一国の救急隊活動の基盤整備と言うことで、先進国のモデルをそのまま伝授することは、持続可能性などを考 えると得策では無いことは世界の常識とされ、これまでの私たちの経験からも理解しています。このため、保健省は同省で管轄する国立病院やプノンペン市では 市の保健局そして国民の安全を司る警察などの関係機関を含む多種多様なる政府機関の参加を得るなど、カンボジアにとってどのような体制が一番適切な救急業 務実施モデルであるか模索の連続でした。カンボジアはフランスとの関係が歴史的に強かった時代があり、また多くのカンボジアの医療関係者はフランスで学ん だ経験も豊富で、同国で実施されているSAMU方式(医師同乗型)の救急隊整備を一次目指していた時期もありました。さらには、民間救急車も無秩序に営利 目的で救急搬送をしていたなど、保健省としても適切な政策策定に追われていた状況があったと言えます。

EMS meeting 2010 年には救急隊整備の担当行政機関である保健省を中心とする、国民の安全を守る関係政府機関(警察、消防、救急病院、国軍警務隊、災害対応担当の国軍など) の担当者が集まり、救急隊整備に関する調整会議が開催されました。そこには、カンボジア政府に認証を受けているSBSIを含む海外からの支援団体関係者、 途上国の公衆衛生を専門とする医師、海外での安全に係る事業やアメリカの警察を中心とする救急隊活動を研究してきた専門家も招待されました。そして、カン ボジア政府の基本的な考えや、各専門家からはカンボジアの経済社会状況に合わせ、かつ発展途上国における交通事故対策や医療資源が不足する農村地域におけ る救急搬送について国連などが推奨する救急隊整備のモデルなどが紹介されました。そして、保健省関係者からもいくつかの提案や意向が出されました。結果的 には、都市化現象と人口増加が顕著である首都プノンペン市を中心とする救急隊の再強化や農村地域を含む国道で多発する交通事故への対応の強化が今後の中期 的課題として認識され、保健省を中心に関係機関がそれに必要となる努力を注ぐことで一致しました。さらには、SBSIを含む海外からの支援機関は、これら の基本政策を踏まえて、保健省が指定する救急隊への車輌や基礎的な応急手当を実施するための資機材、そして救急隊運用が持続的かつ適切に実施されるための マネージメント部門への技術的支援、さらには、アメリカ運輸省が規定するファーストレスポンダー技能(警察、消防、公安を含む安全を第一線で司る人材や保 健省の救急隊員が習得すべき基礎的な応急手当などの技能)を参考とした、救急隊員技能のスタンダード化をするための研修支援を実施することなど、これまで の支援活動の継続が必要と再認識されました。

また、2011年11月のプノンペン水祭りで発生した死傷者345名を出す残念な事故の後、災害に対応するための救急隊活 動強化の必要性を関係政府機関は、再び認識しました。そして、カンボジアで緊急時における初動対応を司る行政機関である国家テロ等事案対策委員会は、関係 機関の横の繋がりの強化をさらに実施することになりました。これらの背景から、人口集中が常時あるプノンペンにおける安全を司る関係機関の協力体制にかか る技術支援ならびに命を守る緊急車輌の増強の必要性がさらに高まりました。これを受けて、日本からも救急車を含む車輌や関係機関の寄贈が各種国際協力機関 から実施され、SBSIはカンボジア政府に救急隊整備事業の実施を公式に認可された責任団体として、国家テロ等対策委員会や保健省担当部門とさらに連携と 協働作業を進め、日本から寄贈された車輌や機材の配置に関する諸業務であるロジスティック支援や保健省より要望がある特定なる部門における技術協力を他の 国際NGO機関等とも協力して実施してきました。

保健省は、国として救急業務のスタンダード化を要望しており、SBSIもその政策や技能の標準化で中心的な役割を果たして いる国立カルメット総合病院の救急救命センターとも連携してきました。そして、特にSBSIが関わってきた救急隊整備事業における、救急隊員の技能や救急 業務全般に係るSOP(Standard Operations Procedures:業務標準規定)等のリソース提供や日本を含む海外の専門家派遣を実施し、政策レベルにおける技術協力を継続してきました。

その中で保健省の担当長官や各国立病院が運用する救急隊の管理者とも意見交換をしてきましたが、高度な救命関連資機材は保 守管理に費用がかかり、また一度故障した場合に修理することが一部困難になることも事実あり、プノンペンを含む保健省下の救急隊については、上述しました ファーストレスポンダー技能を確実に実施できる体制をステップ1として可能な限り全国にその流れを作ることで相互理解ができました。このため、救急車に配 備する資機材についても、現地にてメンテナンスや修理が容易である機材を極力導入することとし、一部医師が同乗するフランス方式のSAMU救急隊にあって は、各病院の特性を活かした形で適宜必要資機材を高度化することになりました。

このため、日本を含む海外から導入される救急車は、ファーストレスポンダー技能を十分に発揮できる資機材(FR  Level  1)のみを積載し、それらの機材を十分にそして適切に使用できるようになるための救急隊員の技能訓練の拡散が行われています。日本やアメリカなど先進国の 救急隊には、医師が実施するレベルの特定な医療行為を可能とする訓練や各種資機材が装備され、24時間・365日訓練を受けた行政職員が絶え間なく、人々 を守る活動をされていますが、この体制を構築しさらに経済的に存続させるには、多大なる国財の投入があるからこそ可能であります。しかし、カンボジアなど 財政が厳しい国々では、すぐに日本やアメリカのような素晴らし救急体制を構築することは難しいと言えます。SBSIでは、適宜定期的に担当行政機関である 保健省や災害対応においては国家テロ等対策委員会とも協議を行い、カンボジアでの「適正さ」を議論して救急隊整備事業においてその基本的なコンセプトを導 入し支援活動を進めています。

日本でも事実財政が大変厳しくなってきており、地方行政機関でも十分な救急や消防活動における予算措置もままならない状況 で、さらに各行政事業のスリム化が唱えられている中、私たちSBSIは、逆にカンボジアなどの発展途上国で実施されている、各種究極な効率化策を改めて学 んでいるところも多大にあります。

カンボジアでは現在国家テロ等事案対策委員会が、国民を守るために保健省下の救急隊だけではなく、警察、警察消防(カンボ ジアでは警察が消防活動を担っています)、国軍警務隊(ミリタリーポリス)や災害時に派遣される国軍の隊など各機関の特性を活かした形で公共の安全を守る 活動の分担が急ピッチで進んでいます。例えば、SBSI以外の日本の団体が進める支援では、警察、警察消防、国軍警務隊へ同様にファーストレスポンダー訓 練が実施されあるいは計画されています。その訓練の中には、基本的な緊急車両の安全運行や点検保守管理を強化するためのメニューが加えられたりしていま す。つまり、車輌の保守管理が実施できる訓練を受けた機関へ緊急車輌や資機材の配置が実施されるように、SBSIでは現地職員を通じ、カンボジア政府に働 きかけも行なっています。

プノンペン市では都市化の傾向から、商業投資ベースのインフラ設備も整いつつあり、高層ビルも建設ラッシュとなっていま す。ますます、消防、そして救助など市民を守る活動がプノンペン市役所の責務としても必要でニーズが高かくなってきていると言えます。その中で、オースト ラリアからは、現役消防士が定期的にプノンペン警察消防に対し消火戦術の訓練を実施しており、これらの有志とも連携を図っています。救急隊も警察消防隊と 常時連携が保たれており、火災による救急隊の出動は恒常化しました。helping fire fighter

1つの団体としてできる活動は大変限られていますが、救急隊整備事業では保健省を中心とした政策に関係者が尊重し、国家テ ロ等事案対策委員会の連携体制に沿って、多種多様な機関の参加を得ることで、確実にカンボジアの命を守る基盤は作られて来ていると言えます。今現在、救急 隊はプノンペン市内に5病院下で運用が行われています。これまでは、カルメット総合病院が1つで市内そして市外を含む広域を守る救急隊活動をしていまし た。これでは、無理が生じます。この1つの病院にのしかかった負担を、SBSIでは専門家を通じ、5つの病院で分散して救急隊活動が実施されるように改善 を行いました。但し、1つのシステムの中で1つのルールの下で救命活動が実施されるようになりました。カルメット病院の他に、国立コズマック病院、国立ク メールソビエト友好病院、プノンペン市民病院、ポチェントン市保健局病院がシステムに今現在参加しています。

SBSIは、アメリカの財団からの支援を受け、専門家派遣を通じて国立カルメット総合病院にあった既存の簡易無線室を、保 健省と協働で2009年に改善しました。その後、プノンペン市を含むカンボジア国内で119番通報が可能な状態にある地域全てから、同病院にある総合通信 指令室に救急隊の要請が入ります。まだ、今後多くの訓練が必要と言えますが、この指令室に勤務する通信員がプノンペン市内であれば、5つの病院救急隊を選 定して直近の救急車を派遣するように改善されました。この無線システムに参加する5つの病院と救急隊員の詰所には救急指令を受信する無線機が配備され、救 急車にも通信設備が導入されました。この結果、国立カルメット病院救急隊が市外を含むすべての事案に対応し、また、他の病院で救急隊活動を開始した際、同 一の事案に2台の救急車が要請されてしまっていたなどの重複も改善されました。

119call center今 後保健省では、逐次この119通信を活用した包括的救急システムに参加できる病院数を増やすことで、現在運用されている数少ない救急隊の負担を軽減するよ う動いています。SBSIは、今後も保健省や国家テロ等事案対策委員会と密接に協議を行い、引き続き命を守る救急隊整備事業支援を進めて行きたいと思いま す。

SBSIがカンボジア政府において、同救急隊整備事業実施の承認を受けてから3年が経ちました。まもなく中間評価を保健省 とともに実施して、これまでの成果そして今後の改善点をさらに明確化することになっています。保健省はプノンペンで基盤整備をしている同様なる救急業務実 施体制を、各県都にある政府病院を中心とした救急隊の整備を政策として推し進める考えがあります。SBSIでは既に、コンポンチャム県、コンポンスプー 県、そしてシアヌークビル県にて、各地域の経済社会状況を踏まえた上での基礎的な救急隊の整備を実施しています。これらの活動には、救急車本体の燃費の改 善のために軽自動車を改造した軽救急車の導入を試みるなどエコを意識した活動も始まっています。発展途上国など道路事情が比較的悪い地域でもどの程度軽自 動車の耐用があるか今後計測して行く予定です。

また、SBSIでは民間ボランティアの活用も始まっています。民間医療機関などの医師で公共救急隊の整備に理解を示し、仕 事などの業務以外で無償にて救急隊活動に参加する意思があり、基礎訓練を受講した登録ボランティアに対しては、その都度条件を付け保健省の同意の下、軽救 急車の貸与をパイロット事業として実施しています。災害などが発生した場合、通常の行政機関のみの対応には限りがあり、日本の震災経験からも一般の協力者 で特に医療技術を有する人達の救急隊活動への参加を助長しています。2009年からも、学生ボランティアの導入を行うなど、官民協力体制のモデルも保健省 へ提案しています。このため、一般のボランティアが軽救急車や緊急時に参集するための車輌を平時において活用しまた臨機応変に個人の移動においても使用を 承認しているなど、カンボジアの社会環境に遭った形でボランティア車輌の運用も行なっています。Light ambulance 1

災害が発生した際、どこにいても、参集ができるように体制と整えています。また、緊急車輌を運転中に事故などの事案に遭遇 し、救急搬送を行わないといけない状況になった場合、車輌貸与の取り決めで、救急隊活動を迅速に実施することに規定されています。既にこのスキームによ り、交通事故で発生した怪我人を民間病院の医師でボランティア救急隊員が、通勤中に搬送を実施したなど、少しずつですが実績が出てきています。アメリカで は、警察官が勤務後パトカーを自宅に持ち帰り、勤務外の証書を展示することにより個人の移動で使用しても良いと行った「公用車持ち帰り」のスキームがあり ます。日本の常識では考えられませんが、個人貸与パトカーと署管理パトカーとでは、個人貸与パトカーの方が耐用年数の延長に寄与したというコスト・パ フォーマンス研究結果もあり、いくつかの市町村でこのような公用車の条件付き個人使用が認められています。

Khmer Soviet and Japanese volunteerSBSI では現地の文化や社会特性を配慮しつつ、ボランティアに参加を今後も進め、政府だけでは対応が難しい状況でも、訓練を受けた民間ボランティアが補完できる 体制を構築することで、行政への負担の軽減にもつなげています。さまざまなユニークな行政手法をSBSIではパイロット的に実施し、保健省などへ政策提言 を行なってきました。
これらの活動は、多くの団体様の支援があった上で実施ができた事業です。心から感謝致します。また、日本や他の海外から、進んでカンボジアの命を守る仕組 みづくりのために活動する団体様同胞に敬意を表したいと思っています。今後、救急隊事業の中間評価をSBSIとして実施する予定です。さらに課題、問題 点、改善必要点を洗い出し、またこれまでの成果もとりまとめ、年内にはまた支援者の皆様にご報告させていただければと思います。限られた紙面で、全てをご 説明することは難しいですが、活動などに関しまして質問等があれば、遠慮なくご連絡をいただければ幸いです。改めて、SBSIが継続してカンボジアなど発 展途上国で活動ができることに心から感謝しています。今後とも、末永いご支援、ご協力をお願い致します。

SBSI理事長 佐々木 浩二

写真

1)救急隊整備に関する調整会議
2)負傷した消防士に応急手当
3)国立カルメット病院の119番指令室
4)日本から送られ、改造された軽救急車
5)日本のボランティア救急救命士と現地隊員が水祭り対応のための準備を実施