2012年2月 日本の医療グループ寄贈車両とポチェントン救急隊の活躍

交通事故の重傷者をリレー搬送

  –SBSIカンボジア事務所からの報告 

2012/02/19

2月18日(土)の夜9時頃、SBSIのピーター・リー所長が国道4号線をプノンペンからグラフィス診療所へ向けて走行中、48キロ地点で交通事故に遭遇しました。

コンテナを積んだトラックがバイクをはね、バイクの運転手が全身打撲の重傷でした。すぐにプノンペンの救急コールセンターへ連絡し、救急車を要請。プノンペンのポチェントン公立病院の救急隊が直ちに出動してくれました。
ですが、現場はプノンペンから48キロも離れており、被害者は重傷です。ピーター所長が現場ですぐに被害者の状況を観察し、自身が運転する車両でプノンペンへ向けて患者の搬送を開始しました。

現在カンボジアでは救急システム構築事業が大々的に実施されていますが、まだまだ首都を離れると救急車が迅速には現場に行きつけない現実があります。その ため、SBSIの多くの関係機関など(基本的な一次救命処置などの訓練を習得していることが条件)が、日ごろからいつでも緊急搬送、緊急走行ができるよ う、担架と応急処置セットを搭載し、サイレンを付けた車両を運転しています。
ピーター所長が運転する緊急車両と、プノンペンから来たポチェントン救急隊の車両は約32キロ地点で落ち合い、被害者は無事、ポチェントン救急隊の車両で国立カルメット病院へ搬送され、現在治療を受けています。

今回活躍した緊急車両は、千葉県を中心に活動されているデンタルサポートグループ(郁栄会)様 から寄贈された車両です。今回の被害者は非常に重傷で、搬送は酸素を吸入しながらの搬送となりました。もしもデンタルサポートグループ様の車両が現場を通 りかかっていなかったら、被害者は助からなかったかもしれません。デンタルサポートグループ様からのご支援に改めて感謝申し上げます。
また、通報を受けて迅速に対応してくれたポチェントン公立病院の救急隊の存在も忘れてはなりません。到着したポチェントン隊の車両には、決められた3名の隊員がきっちり乗っていました。

カンボジアの救急システムはまだまだ発展途上であることは事実ですが、確実に発展していることを確認できた夜でした。
被害者の方の一日も早いご回復をお祈りいたします。

写真は、傷病者をリレー搬送した日本からの車両とカルメット病院救急車)

 DSG vehicle1  DSGvehicle2  Calmette&DSGvehicle

2011年11月  これまでの南相馬市支援の概要

サイド・バイ・サイド・インターナショナルによる
福島県南相馬市における復興支援

(南相馬市:東北大震災による死者403人 行方不明者1071人)

コミュニティサロンの設置及び運営
仮設住宅住民のための、和みサロン「眞こころ」を仮設住宅集会所3カ所で運営

サービス内容:
無料のお茶やコーヒー、マッサージチェア、テレビ、インターネット、テレビ電話も設置予定 不定期イベント

目的:
・仮設住宅の被災者の方の交流を日々深める・仮設住宅の生活相談・仮設住宅での孤独感の緩和や孤独死の予防・仮設住宅での高齢者の虐待防止や早期発見・仮設住宅や南相馬市の地域情報伝達その他
最近では、仮設住宅の高齢者のエコノミー症候群も問題となっており、東北の仮設住宅住民の7%がかかっていると言われている。寒さもだんだんと厳しくなり、高齢者は引きこもりがちなため、気軽に集える場が仮設住宅の中にあることは、非常に助けになる。利用者が自主的に「歩こう会」を作る話も進んでいる。

(利用者の家族の声:)母が高齢で、昼間も仮設住宅に閉じこもりがちなのが、大変気になっていましたが、こちらのカフェに毎日おじゃましては、楽しい時を過ごしていると知り、たいへん驚きました。

運営:
サイド・バイ・サイド・インターナショナルの地元メンバー(南相馬消防団副団長など)を中心とした、「やっぺ南相馬」が運営にあたる。サロンで働く人には、地元住民を雇用している。

物資支援継続
2011年11月までに輸送された物資
毛布400枚 ダウン布団3点が290セット 電気カーペット285枚 温かな衣類 他団体との協力で、食料配布支援 月に二回 1000人分 の野菜・水

除染作業支援
広島市の一般社団法人「福島原発勇志作業隊」による、漁船などの除染作業のための手配と協力。

カンボジアの新聞がグラフィス診療所についての記事を掲載

2011年10月26日

カンボジアのプノンペンポスト紙が、サイド・バイ・サイド・インターナショナル(SBSI)が支援を続けてきたGRAPHIS(グラフィス)診療所についての記事をネット掲載しました。以下はその翻訳です。

注:グラフィス診療所という名前は、2008年、日本の学生団体「GRAPHIS」が、現地での病院建設支援を決断し、建設費のオリジナルドナーとなっ た事から、同診療所のピーター・リー所長によって命名されました。現在、以降、日本や台湾、米国などの様々な団体が支援をしています。「マジでガチなボランティア」ドキュメンタリー映画にも、学生達が診療所建設支援に至る経過が描かれています。GRAPHISは 、医療スタッフの人件費を支援中。

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 GHC最新情報 ジャングルの中の希望をつなぐ診療所  (English原文)
2011年10月26日 12:01  OU Banug

正式な医師らが働く診療所がジャングルの中にあるなんて、一体、どれだけの人間が想像できるだろう。自分も、この目で見るまでは、信じがたいことだった。
先月、私は友人たちとシアヌークビルに旅行した。途中、トゥモル・ラウング滝で昼食を取り、くつろいぐことにした。
本当に楽しかったが、一緒に来ていた友人のミンに、予想もしなかった事故が起こった。滝の上から滑り落ちて、下の洞窟あたりまで転落したのだ。
ミンは、全身、血だらけになり、みんなショックを受けた。我々は、何とか彼を滝から救出すると、一刻も早く病院に連れて行くことを望んだ。
しかし、トゥモル・ラウング滝は、シアヌークビルの中心からはかなり離れていて、急いで運転しても約1時間はかかるだろう。
すると、近くで食べ物を売っていた村人たちが、村の診療所に行くよう勧めてくれた。
診療所は、グラフィス診療所という名で、着いてみると、かなりへんぴな村にあるのに、大都市の専門の診療所のようだった。
とにかく想像をはるかに超えた診療所に、我々は驚いた。ジャングルの中にあるから、小さな木造の建物に地元の医者が一人いるのがせいぜいだろう、と思っていたのだ。
基本的に診療時間は午前7時半から午後5時までだが、医療スタッフは緊急の患者に対応できるよう24時間態勢をとっている。
「グラフィス診療所が建っている所は、ジャングルのど真ん中にあったが、2008年に建設が始まると、日本や台湾やアメリカから、様々な団体が、地元の人達のための診療所への支援を始めた。」 診療所の西口三千恵所長補佐は言う。

診療所は、シアヌークビル州コンポンセイラ郡オバックロテ・コミューンのプレイ・プロセッ村に位置する。昨年の7月に開所して以来、一般の傷病治療を行うと共に、緩和治療を要する末期患者や、事故でリハビリが必要な患者も受け入れている。
ミンは、丁寧な治療を受け、請求された診療費は非常に少額だった。しかし、そこで働く人々の努力に深く感謝したので、私と友人たちは、診療所に寄付をすることにした。

保健省の会議で救急関係のレクチャーと展示を車両展示

 2011年10月10日

2011年10月10日、カンボジア王国保健省が主催し、各州の保健局代表者が一堂に会する会議がシアヌークビル特別区で開催されました。会議は、保健セ クターにおける民間病院/診療所などの活動とそれに関係する法律に関するもので、この会議にサイド・バイ・サイド・インターナショナル(SBSI)も招か れ、ピーター・リー所長以下4名が出席をいたしました。

会議は4日間にわたって実施されましたが、この会議の初日に、ピーター・リー所長によって救急車の規格(Advanced Life Saving (ALS)救急車とBasic Life Saving (BLS)救急車の装備の違い、重点など)に関するレクチャー、そして現行の救急システム構築事業に関する報告がされました。

ヘンタイクリー保健長官による挨拶の中では、SBSIの活動への言及、そして日本財団様より寄贈されました緊急車両25台に関するアナウンスも実施されま した。また、これから開始される笹川平和財団様と国家テロ対策委員会(SNCTC)とのカンボジア救急救命基盤整備事業に関しても紹介されました。

当日は、ヘンタイクリー保健長官の要請により、日本財団より寄贈された車両のうち救急車に改造されたもの2台を会場外に展示いたしました。
整備された大型救急車への関心もさることながら、軽自動車を改造して作られた軽救急車の内部構造や機能性には参加者一同大変な興味を示しており、全員での見学時にはヘンタイクリー保健長官自らが車両の機能について参加者へ説明等を行ってくださいました。

(写真は、レクチャー中のSBSIカンボジア事務所所長、
日本から送られ救急車両に改造された車両を見る保険長官)
  (車両寄贈式と表彰式の記事はこちら )